日本の面白CM特集

日本のCMは奇怪だと見られているらしい

日本にも、世界にも、何処の国でもCMとは斬新なものが求められるもの、一際格好がいいものだったり、どこか面白くてクスッとしてしまうもの、または商品を宣伝しているのかどうか考えさせられる目的を見失っていると取られてもおかしくないようなぶっ飛んだCMだったりと、多種多様に揃っている。筆者も日本のCM、といってもそれなりに前の話になるのだが、丁度学生時代のころに放送されていたCMなどは面白くてしょうがなかったと感じる事は多かった。中には新作のCMを早く見たいからという理由で、恐らくコレくらいの時間に見れば大丈夫だろうという理由でテレビをつけていたこともある。

日本人向けに放送されているCMだが、中にはCMがあまりにもぶっ飛んでいて、面白すぎると評判となる場合も少なからずある。そういう意味でも筆者がテレビの前にかじりついていた時期があり、新作が見たいからこそ見ていただけということもあった。よくよく考えてみると、暇だったんだなぁと感じるところだが、それもまた一興としておこう。

さて、狭い島国だけで物事を考えると視野が狭まってしまうので広げて考えてみよう。日本で放送されたCMは何も海外の人々に視聴される機会がないわけでは無く、逆の意味でも日本で世界各国で放送されている海外のCMを見ることも出来るが、日本以上に中々過激すぎる、というよりも本当にこれは放送していいものなのかと仰天してしまうのもある。日本人が海外のCMに唖然とする一方で、海外の人々から見た日本のCMに対する反響もまた奇妙すぎるという意見が多く見受けられる。

おもしろい番組

日本のCMに対する反応として

日本で放送されているCMの中にも、その時々の状況などに左右されることもあるが、放送された内容を見て不快感をもたらすといった事が苦情が殺到すると、たちまち放送中止になる。日本では広告で他の企業に対して攻撃性を仄めかした内容にしないように配慮したり、また一般的視点から見て誰が見てもおかしくないと判断できる内容にしなければならないなど、今でもそうした制約が存在しているためどこかあの頃と違うと感じる部分はある。しかしそうした中にも度々問題作と称されるものは出てきてしまう。そうしたものはたちまち放送中止になったりするものだが、さすがに海外からの視点でも、これは問題があるだろうと感じるところは有るらしく、総じて日本のCMに対しての印象は『奇妙で面白い』がポイントとなっているようだ。

褒めているのかどうか難しいが、コメディとして考えればそれならにエンターテインメント性を評価されていると判断することも出来る。一概に言えるわけでは無いが、中には日本人という人種に対して謎が深まってしまったと、訳が分からないよ状態に追い込まれてしまう人もいるという。それをいわれると確かに、どうしてこんなCMを創ろうと思ったのかとさすがにどうかと思うところは度々あるが、面白ければそれで良いと見なしている人の割合が比較的多いのかもしれない。

CMはインパクトがなければダメだと、そんな印象を感じる作品も見受けられるが、そうしたどこか投げやりのように感じられる部分でも、首を傾げてしまうことはある。

心に残るCM

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性教育に対して積極的

筆者もコレまでそれなりに海外のCMを視聴したことはあるが、日本ではまず放送されないだろうCMが、当然のように海外メディアで報道されていると知ったときにはさすがに驚きを隠せなかった。日本でもしそんなCMが放送されたら、間違いなくアウトだ。

その内容とは、性に関するものだ。何処の国で放送されていたかは忘れてしまったが、コンドームに関する宣伝をしているテレビCMをとあるテレビ番組で取り上げたときのこと。そのCM繰り広げられていたのは、男性の生殖器と女性の生殖器が画面に出てきたと思いきや、そこでコンドームを装着して行われ始めたのは紛れもなく性行為だった。当然R-18に抵触する性表現だったため、テレビでの映像ではすぐさまモザイクどころかその部分を隠して、音声だけ生々しく聞こえてくるというものを淡々と放送されたときには、画面から目が離せなかった。別に興奮していたとかではなく、いきなり何をしているんですかとびっくりしすぎて唖然としていた、といったほうが正しい。

そんな放送を日本でしたら間違いなくしょっぴかられること間違いなしだが、海外のCMではそうした内容の宣伝は多くはないにしても放送されている数は少なからずある。中には堂々と性行為をして、コンドームの付け心地がそれぞれ異なっているという内容に仕立てられたものも見たが、開いた口が閉まらなかった。

CMとは時に奇怪で、時にユーモアで、時に過激な部分もある。どれがいいのかは分からないが、なんにせよ日本で求められているCM需要は無難な作品ばかりという点は変わらない。

CMという広告媒体としての潜在能力