日本とアメリカでは広告は異なる

誰の立場を取っているかが、まるで異なる

広告を展開している内容を見て感じること、日本で見かけるテレビCMの宣伝と触れ合っていれば1つの共通点が見えてくる。誰でも気付いていることだが、有名な広告になればなるほどその時期旬な有名人を起用することによって販促活動を促そうとする主体だ。コレに対していろんな意見が出ているだろうが、筆者個人の意見として言わせてもらえれば効果はあるだろう。日本人というものは単純なモノで、自分にはない完璧さを映像の中で表現している有名人が宣伝している商品を使用すれば、自分もこの人と同じようになれるという淡い期待を持っている人は少なからずいるだろう。場合によっては整形手術を施工して改造し、有名人のような美しさを手に入れようと躍起になっている人もいるはず。

一言で言えば、そういう努力をしている人がそれなりの人間で中々の需要を形成しているので、一概に否定的な意見を出すモノでは無い。経済とはそうした流れで運用されているのだという現実を受け止めても、どこかでやりすぎだろうと感じる部分はどうしても出てくる。有名人を利用するのは問題ないが、それはあくまで一般人としての目線における見解だ。コレを企業として当てはめた場合、少しばかり事情が異なる。

日本の広告代理店の場合、CM制作などを依頼された場合はクライアント側の意見に沿って製作をすると、そう考えている人もいるだろう。しかし日本の場合、実のところ広告代理店はクライアントとして定めているのは製作を依頼した企業ではなく、あくまでCMを放送するテレビ局と契約しているブローカーとなっている。そのため、必ずしも企業の意見が罷り通るといったこともなく、状況に応じたCM製作をされてしまうという、少し風変わりなシステムとなっている。

本来広告代理店は企業の立場になって製作を進めていくのではと考えられるが、日本ではあくまでメディア側の味方となっている。ではこうしたシステムはその他の国でもそうなのかというと、実は違う。その良い例がアメリカだ。

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アメリカと日本の違い

アメリカと日本、双方の広告代理店業務はかつては同一の事業で拡大していったが、いつの頃からか日本は日本独自の路線を歩むこととなり、アメリカもまた異なった道を歩いていく。アメリカの広告代理店は日本と違うと紹介したが、どの点が違うのかというと最もな部分では『誰の立場に立っているか』という点だ。日本は先ほど説明したとおりだが、アメリカでは日本とは逆にクライアントの立場に立って製作を進行して行くスタンスを取っている。

理想的といえば理想的だが、それを良いとして考えるのは得策では無い。クライアントの立場に立って製作をして行くということは、それはクライアントとなる企業と密接な関係になるということだ。そのため広告代理店はCM製作を請け負う代わりに、請け負った企業と専属契約を結ぶことになる。いわゆる『一業種一社』の原則は暗黙に存在しており、当然抵触する事は業界そのものへの叛逆行為に等しい行動となってしまう。そういう意味では仕事を多くこなすという点では少々物足りないが、1つの企業に関しての広告をより作りこむという点は少しばかり魅力的だ。

ここで言うところのアメリカと日本の違いとして一言で言い表すなら、『量と質のどちらを取るか』ということである。どちらの要素も決して悪いことでは無い、働いている人達にとってそうした点でどちらを重視したいのかというのが肝となってくる。

比較広告という考え方

先ほど紹介したことでは違いが少し分かりにくいという意見も出るかもしれない、またもう少し具体的な例を挙げて紹介してほしいという意見も出てくるかもしれないので話を進めると、最大の違いとして紹介できるのは『比較広告』についてだ。

この比較広告とは、ライバルとする企業や製品に対して、自社ないし自社の製品との優位性を証明するために用いる広告のことを表している。では日米という立場で見た場合、この比較広告の特徴などを踏まえてみてみると、アメリカと日本とではどんな違いがあるのかは、このようになっている。

アメリカの比較広告に対しての考え方

  • 1:内容が客観的であり、正確と適正な情報で統合された内容になっていること
  • 2:CMを見た場合、無用な誤解を招かないように配慮してあること
  • 3:ライバル企業に対して積極的に、攻撃的姿勢が取ることが出来る

心に残るCM

日本の比較広告に対しての考え方

  • 1:内容が客観的であり、正確と適正な情報で統合された内容になっていること
  • 2:CMを見た場合、無用な誤解を招かないように配慮してあること
  • 3:ライバル企業への対立意識をむき出しにした広告内容にしてはいけない

攻撃性という側面

簡単にまとめてみたが、似ている点としてもちろん放送される内容が適切であること、誤解を煽るような内容をもってして市民や市場をかき乱すような内容にしないようにしている事は第一条件だ。ここからが肝心で、日本とアメリカではこの比較広告において特定した企業への攻撃姿勢を示していいかというものだ。これは先に紹介したコーラ戦争におけるペプシの起こした広告展開であり、もしもコレで日本の企業がそのような行為に出たら、ガイドライン違反として民放連に向けて真っ向から喧嘩を売っているのと同等ということだ。

コレは出来るのもアメリカというお国柄が絡んでいるわけで、日本では相手に対して全うな攻撃を仕掛ける事はご法度となっている。事がないに越したことは無いが、度々日本では宣伝されているCMに対して苦情が出てくるのもよくあること。何をどうするかはそれぞれだが、あくまで一般大衆目線で不快を招くようなCMにしないようにする必要がある。

CMという広告媒体としての潜在能力